■ 甘々・ほのぼの系
19. 指折り待つ日
平和の訪れたラバナスタに、映画がやってきた。
期間限定で上映されるらしい。
ラバナスタは、今その話題で持ちきりだった。
「ヴァン!映画誰と行くか決めた?」
ミゲロに頼まれた手伝いも上の空に、ぼおっと店番をしていたヴァンにパンネロが勢い込んで話し掛けてきた。
もうこの話題は何度目か。
パンネロも映画を楽しみにしているらしく、興奮気味にそのことを何度も話していた。
「んー…どうしようかなぁ」
「なーんだ、まだ決めてないの?」
パンネロは、がっかりと言った表情で少し唇を尖らせる。
当のパンネロは、リュドを誘ったフィロとカイツと共に映画を見に行く約束をしている。
もちろん、それにヴァンも誘われていたけれど、その日はトマジと約束したモブの予定があって断ったのだった。
「映画は1週間は上映するみたいだから…誰もいなかったら付き合ってあげてもいいよ」
「ありがとな、パンネロ」
「でも、いつまでものんびりしてると1週間なんてあっという間なんだから!」
それだけ言い残すと、パンネロは再び店を後にした。
再び1人で取り残されたヴァンは、パンネロの言葉を思い起こす。
−−−1週間なんてあっという間なんだから…か
ヴァンが一緒に映画を見たい人なんて、もちろん最初から決まっていたけれど。
その人物が、いつ自分の目の前に現れるかなんて分らない。
きっと、その人物は自分のことなど意識の片隅においやって空を飛び回っていることだろう。
結局自分は変わらずこの地に縛り付けられ、その人と空を飛ぶことは叶わない。
そんな現実が、明るさだけが取柄だったはずの自分に、暗い影を落とすのを心のどこかで諦めとして受け入れていった。
***
…結局、1人。
映画の始まる日を指折り数えて。
映画の終わる日を指折り数えて。
けど・・・結局待ちわびた人物は現れなかった。
せっかく来た映画を見に行かないのはもったいない、とミゲロに強引に店を追い出された。
行く当ても無くて、仕方なくヴァンは映画の上映される広場へ向かう。
広場は残酷にも、子供と一緒にはしゃぐ家族や仲睦まじい恋人同士でいっぱいだった。
それがいつも以上に、ヴァンの孤独感を煽っていて、ひどく自分が場違いな気がして居心地が悪くなってしまった。
−−−やっぱり、帰ろう…
映画が始まる気配がして、邪魔をしないようにそっと席を立とうとした瞬間。
その手をぐいっとひっぱられ、再び身体が座席に沈んだ。
「わっ…」
「静かにしとけよ…映画はじまるだろ」
ふと視線を横の席に向けると、いつのまにそこに居たのだろう待ちわびたその人物がそこにいた。
「バルフレア…!」
「何しけた顔してんだよ」
急にバルフレアの姿が、歪んだ。
多分、すごくヒドイ顔をしてるんだろうな…と、ヴァンはちょっとだけ冷静に思った。
突然、視界が暗くなって…自分がバルフレアの胸に抱かれていることに気付いた。
「ちょ…バルフレア…!」
「どうせ誰も見ちゃないさ」
映画もはじまって、辺りは真っ暗になり人々の視線はスクリーンに釘付けになっているようだった。
「悪かったよ、不安にさせて」
「うぅ…」
「だから、ヴァン…そんな顔するな」
バルフレアの声を聞くだけで、あんなにささくれていた心が優しく宥められて行くのが分った。
バルフレアに優しく髪を撫でられて、顔を胸に埋めたまま。
片方の手を繋ぎ、指を優しく絡ませたりしながら…気付けば映画が終わっていた。
再び、あの寂しい部屋に帰る時間がきてしまった。
ヴァンは、もう少しだけバルフレアと一緒にいたいことをどうやって伝えようかと俯く。
「おい、何ぼーっとしてんだ。行くぞ」
「え?」
バルフレアは、強引にヴァンの手を引っ張るとさっさと広場を後にした。
その足取りから、飛空挺乗り場へ向かっているということだけは分る。
「バルフレア…?」
そのまま、停泊してあるシュトラールに連れ込まれた。
「バルフレア…どっかいくのか?」
「いいから」
そして、バルフレアはいつも皆が仮眠室として使っていた部屋の前に立ち止まった。
「ここ?」
「開けてみろよ」
「うん」
良く分らないながらも、ヴァンはその扉を開けた。
すると、そこは仮眠室のときとは姿がすっかり変わっていた。
その内装はシンプルにまとめられ、たくさんおいてあったベッドは姿を消し1つ高そうなベッドが置かれていた。
ベッドサイドには、おしゃれな小さい机が備えられている。そして、その壁にはイヴァリースの地図が飾られていた。
「すごい…」
「今日から、ここはお前の部屋だ」
「え?」
バルフレアの言っている事が分らず、驚いて振り向いた。
バルフレアは、いつもの冗談めいた口調ではなく、その瞳は真剣にヴァンを見つめている。
「時間かかって悪かったな」
「バルフレア…」
「一緒に、空飛ぶんだろ?」
バルフレアの言葉が、1つ1つ胸に暖かいぬくもりとなって溶けていった。
冷え切っていた心に、少しずつ染み渡る。
「いいのか?」
「当たり前だろ」
「・・・ふっ・・・」
抑えきれない感情の高ぶりに、再びヴァンの瞳から涙が零れだした。
「俺もフランも、シュトラールも…お前が居ないと物足りなくなっちまったってことさ」
バルフレアが、優しくヴァンを抱しめた。
「ありがとう、バルフレア…」
やっと見つけた、自分が帰る場所。そこは、何処よりも自由で、何処よりも暖かくて、何処よりも幸せな愛する人の傍。
お祭り騒ぎのようなラバナスタの喧騒を遠くに聞きながら、きらきらと瞬く優しい星の光を浴びて、2人は抱き合い続けた。
END
アトガキ
たまには優しくて普通なバルフレアを・・・・。
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