World725

『居場所はここに』
(アシュルク)



「アッシュ!」



 のんびりと過ごす昼下がり。アッシュは、いつものように小難しい本を片手に、自室の机に向かっていた。

 そこへルークが飛び込んで来た。何やら息を弾ませ、ノックも無しに。




「なんだ、騒々しい」

「あ・・・ごめん」



 本から眼を離すことも無く、ルークを嗜める。



「今・・・忙しいよな・・・」

「何だ?」

「ごめん、後でいいや。」



 それだけ告げると、ルークはそっと扉を閉じて部屋から出て行った。
 アッシュは、そんなルークの行動を気に留めることも無くさっさと本を終えてしまおうと、本に集中した。







「・・・もうこんな時間か・・・。」



 やっと読み終えた本を閉じ、アッシュは視線を上げた。
 窓から覗く空の色はすでに夕闇に染まりつつあり、すでに夕方も終わろうとしていることが分かった。


 そして、ふと先ほどルークが尋ねてきたことを思い出した。
 アッシュは、ルークを探しに部屋を出る。



「アッシュ」



 ちょうど中庭へ続く廊下を歩いていると、シュザンヌに声をかけられた。



「母上、どうなさいましたか」

「ルークは、一緒ではないのですね」

「はい、今ルークを探している所です」



 ちょっと怪訝な顔をして、シュザンヌがアッシュを見つめていた。その視線の意味が分からなくて、アッシュはただその視線を見つめ返す。



「アッシュ・・・ルークの話を断ってしまったの?」






 アッシュは、シュザンヌの言葉の意味が分からなかった。
 その意味を問いただすと・・・シュザンヌは寂しげにこう告げた。





 その日の朝、マルクト帝国のピオニー陛下から直々にルークをグランコクマへ招待する書状が届いていた。
 そこには・・・誰か1人大切な人を連れて来るようにと書かれていた。

 そこで、ルークはシュザンヌにアッシュを連れて行ってもいいかと相談しに来たというのだった。

 もちろん、シュザンヌはルークの好きなようにしたらいいと答えると、嬉しそうに部屋を出て行ったので・・・2人が一緒にグランコクマへ向かうものと思っていたのだった。



 2人がいつまでも、一緒に行くことになった事を報告に来ないので、こうしてシュザンヌが直々尋ねてきたのだと・・・。




 

 その話を聞いたアッシュは、慌ててその場を後にした。
 

 確かに、今思えば・・・ルークは何かと伝えたそうに息を弾ませて部屋を訪れていた。
 けれど・・・アッシュは、顔を上げることも無くルークを部屋から追い返してしまった。


 ルークと共にタタル渓谷に降り立ち、この屋敷に戻ってからというもの・・・
 2人の関係は、表面上非常に友好的なものだった。


 はじめ、アッシュは自分の居場所がないと感じることも多かった。しかし、何かとルークに声をかけられ引っ張りまわされ、否応にも両親やメイド達との接触も増え・・・いつの間にかそこが居場所へと変わっていた。


 ルークが自分に纏わりつき、それを追い払いつつも時々時間を過ごす。
 

 そんなリズムが出来上がっていたのかもしれない。 
 あいつはどんな顔をして部屋を後にしたのだろうか・・・?

 そう考えるといてもアッシュは、なんだか胸に不安がよぎ、ルークを探し出すため駆け出していた。






***





 一方、ルークはアッシュの部屋を後にしてからバチカルの城下町を1人で歩いていた。

 最初は・・・アッシュが自分に対して目線も上げてくれないことに少し拗ねていた。
 せめて話だけでも聞いてくれればいいのに・・・と。



 けれど・・・



 頭が冷静になるにつれて、その考えは影をひそめていった。

 よくよく考えてみれば、こうやって2人バチカルの屋敷に戻ってくるまで2人は敵対していたと言っても過言ではなかった。
 最後の戦いで手を取り合うまで。

 こうして、奇跡的に2人が屋敷に戻ってから、アッシュはそんな態度を取ることなく普通に接してくれては居た・・・それだけでも十分だったのかもしれない。


 きっと、あくまで屋敷でファブレ家の子息として、そうすべく振舞っていただけで・・・
 ルークの全てを許したというわけではないのだ。

 それも当然なことでだろう。
 ルークはそんな考えに、いたったのだった。 




−−−俺も、自立しなきゃ・・・かな



 ルークは、踵を返すとシュザンヌに改めて話をするため屋敷への道を戻った。




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