World725

『眠れない夜はあなたと』



・・・ああ、またこの夢を俺は見ているのか・・・





 もう幾度となく魘された夢は見慣れてしまっていて、それが夢だと気づくのは早い。
 けれど、その夢を止めることも目覚めることも出来ずに見続けることになってしまうんだけど・・・。



 そして、毎回俺はこう言う。


『兄さん・・・』


 でも。
 兄さんの瞳は俺を見つめることも、かつてのように輝きを取り戻すことも無く、ただぼんやりと遠くを見つめていた。



 突然周りは暗転し、何本もの手が自分を押さえつけた。
 その衝撃に抵抗しようとしても、相手はびくともせず地面に押さえつけられた。
 苦し紛れに顔をあげると、兄さんが複数の男に取り囲まれているのが見えた。



『ほら、吐け!』
『暗殺者めがっ』



 自分の目の前で繰り広げられる虐待。
 自白を強要するため体中に薬を打たれた後と暴行による殴打の後が散っていた。

 兄さんは痛みに呻き、ただひたすら耐えていた。



−−−兄さん!



 どんなに避けんでも、俺の声が兄さんに届くことは無い。 いくら強く叫ぼうとも、喉から声がでない。
 助けたくとも、押さえつけられた身体は動けない。


 ふと閉じられていた兄さんの目が開いて、2度と俺を見つめることの無かった瞳が俺に向けられた。
 そして、声無く唇がそれを刻んだ。



−−−・・・ヴァン・・・



 そして、力尽きたように瞳を閉じ、肢体はだらりと垂れ下がった。




「兄さん・・・!!!!」




 がばっと、起き上がった。
 あの夢は、終わったらしい・・・。
 今日はいつもよりそのイメージが鮮明で、今もまるでそこで起きたことかのように細かく思い出すことが出来る。

 じっとりと身体中に汗がにじみ、不快感が襲った。



 仕方なくベッドから抜け出すと、シャワールームへ向かう。
 こんな時は、暫く眠りは訪れないことは分かっていた。

 だから少しでも気分を換えて気持ちを切り替えるしかない。

 蛇口をひねると、冷たい水が自分をたたきつける。
 冷たい水は、身体を伝い不快感をもたらした汗を洗い流した。
 そして、自分の身にまとう気だるい熱も奪い去った。

 なんだかその行為が・・・兄さんを助けられなかった自分への戒め的な行為になっていることに、うすうすヴァンは気が付いていた。


 冷たいシャワーによって冷え過ぎた身体は、ずっと重く感じられ、沸きあがる震えが十分自分がダメージを受けたことを物語っていて・・・それが、シャワーの終わりのサインになった。

 重たい身体を引きずるようにして、再びベッドルームへ向かおうとするとそこに人影があった。




「・・バ・・・ル・・・」



 震える口ではうまくその名前を紡ぎ出すことが出来ず悴んでしまった。



「ヴァン・・・?」



 様子のおかしいヴァンをそっと引き寄せると、身体中が冷え切っていてカタカタ震えていることに気が付いた。




「お前、なにやってんだよ」

「は・・・はなし・・・て・・・」


 バルフレアの温もりは罪であるかのように。
 その誘惑に負けないように、必死に、延ばされる手に抗った。



「ば・・・ほっとけるかよ、そんなの」



 言うことを聞かないヴァンに舌打ちをして、強引に自分の腕の中に引き寄せて抱きしめた。

 最初は逃げ出そうとして暴れていたヴァンも、自分を包み込むバルフレアの身体から伝わってくる優しい体温に、いつのまにか抵抗を止めていた。


 大人しくなったのを見計らって、ヴァンを抱き上げると寝室へ運び込んだ。
 そして、ベッドへ座らせると小さく問いかける。



「何があった?」



 バルフレアの思いのほか優しい瞳を見上げる。
 本当は、もう助けてくれと・・・もう止めてくれと・・・叫びだしたい欲求に駆られた。

 けれど、ヴァンはふと思う。

 バルフレアに訴えてどうする・・?
 兄を救えなかった積を背負うと決めたのではないか・・・?

 
 自分の心の中に重くねっとりした感情がわきあがり、それが心を染めていくのが分かった。




「俺ばかだかさぁー」

「・・・。」

「兄さんがどうなったかなんて分かんないのに、夢見ちゃうんだよな」



 異常なほど明るい声がでた。自分でも滑稽なほど明るい声は、どんどんエスカレートする。



「それで夜中びびって起きて寝られないの。ガキだよな、本当」

「ヴァン」

「ごめんな、起こしたみたいで!明日も早いし寝ようぜ?」



 バルフレアを怒らせたのは分かった。だって、身にまとう空気の色が変わったから。
 バルフレアを見ることができない。



「うわ」



 そのままバルフレアに背を向けようとするのを強引に腕を捕らえられて、ベッドに引き倒された。
 あまりにその行為が強引で、怒りの強さが身にしみた。




「いたっ・・・」

「謝まんねーぞ」

「な、なんだよ・・・」



NEXT

Novel-3-へ