World725

『終わりの訪れ』



「ルーク、済まないがそれを返してくれないか」

「え?」



 俺の手の平の中で鈍く光る銀色のリング。
 これをアッシュから受け取った日から、俺は肌身離さずにいた。

 それは、時には中々会えないアッシュの代わり俺を慰め、励まし、諌め、愛するように・・・そこで輝いていたのに。



「どうして・・・」



 一度反らされた視線は、合う事はない。
 それ以上何も言ってくれる気は無いようだった。

 気持ちが・・・変わってしまったということだろうか?



 自分が思う程、この関係は強いものではなかったのかもしれない。
 それ以上追求するのも躊躇われた。



「・・・分かった、ごめんな・・・。」



 そういうと、ルークはアッシュの手にそのリングを押し付けるように渡す。
 アッシュは、受け取ったリングを握り締めそのこぶしを少し振るわせた。



「・・・いや、いい」



 そして、アッシュはルークに再び視線を送ることなく踵を返した。
 立ち去り際、ドアに手をかけるとはっと目線を上げた。


 背中に感じたのは・・・背後で声を殺して泣くルークの気配。



 振り返ってすぐにでも抱きしめて慰めたいのに、アッシュの身体は動かない。



−−−俺は決めたのではなかったのか・・・?あいつのためにこすることを。







 ルークは、我慢の限界から零れだしてしまった涙を押しとどめるために必死に声を押し殺していた。

 アッシュがどうしてこのようなことを言い出したかなど、知る由もなかったが・・・
 けれど、今までのアッシュを見ていればそれが勢いや考え無しの行動とは思えない。
 何か、大きな意味をもった決意故のことだろう。


 つまり、コレは揺らぎない終わりということだ。


 本当なら、それに理解を示すべくアッシュの考えを受け入れ、考えに従うつもりだった。
 けれど・・・
 実際終わりが訪れようとしていると思うと、理性とは裏腹に言うことの聞かない自分があった。



「・・・行けよ・・・」



 いつまでもドアの前で、立ち去らないアッシュを追い立てるように告げた。
 しかし、アッシュはその言葉に肩を震わせるも微動だにせずいた。

 その姿が、何故か急に自分の感情に火をつけた。
 押さえ込んでいたものが、一気にあふれ出す。



「・・・レプリカの・・・哀れな姿がみたいのか?・・・泣いて、叫んで、喚いて・・・。情けないだろう?自分のレプリカが・・・だ。」

「・・・。」

「そうだ、所詮俺はお前のレプリカだ・・・劣化品が、お前に踊らされて苦しむ様は、さぞ満足だろう・・・お前は俺を憎んでいたんだもんな・・・」

「やめろ!」

「もう行けよ!・・・お前の望みどおり・・・俺はこの身体が乖離で果てるまで・・・お前を想って、苦しみ続けて消えるんだ・・・嬉しいだろ?」

「いい加減にしろ!」



 突如振り返ったアッシュは、自暴自棄になるルークの口を強引に手で押さえつけそのまま床へ引き倒した。
 しかし、驚いたようにその手のひらを外す。

 あんな言葉を吐いていても、その顔はただ儚くひたすら涙をこぼすルーク。
 自分の口からでた言葉にすら傷ついて、今にも消えてしまいそうなほど青白い顔をしていた。
 そして、声もなく涙を頬に伝わらせて・・・。



「俺は・・・」



 アッシュは、自分の身に起こる大爆発についてばかり気を取られていた事実に気がついた。
 いずれ自分の身体はなくなる。
 完全同位体ゆえの結末。

 そのとき、ルークの身体に残されるのは意識か記憶か・・・




「お前を自由にしてやりたかった・・・」

「アッシュ・・・?」

「俺に縛られること無く・・・。」



 常に被験者という存在がある限り、彼はレプリカだ。
 存在が違い、個々に意思を持ち動き出そうとも、ルークは絶対レプリカで居続けようとする。

 それは、ルークの優しさであったかもしれないが・・・自分にとっては逃れられない罪悪感にいつしか変わっていた。
 だからこそ、被験者とレプリカという関係を解消したとき・・・
 自分の存在からも解き放たれて欲しかった。



「アッシュ・・・分かってない・・・」

「ルーク・・・」

「俺たちだけじゃない・・・人はいつか絶対死ぬ、限りある命だろ・・・俺たちはトクベツじゃない」

「・・・。」

「限りある時間を・・・愛する人を想って過ごすことに・・・縛られるも何も無いよ」



 そんなことのために、一緒に過ごせる時間を終わりにしてしまうなんてばかげているだろ?



「今、俺は・・・アッシュが・・・」

「・・・ルーク」



 アッシュはルークを強く抱きしめた。

 逃れようのない運命が2人を翻弄していて、それが時にひどく残酷な悪戯を仕掛けてくる。
 それに惑わされるようにしてしまう、自分。

 しかし、そんな時腕の中の己のレプリカは強い光を放ち自分をあるべき方向へ導いてくれる。

 この儚き存在のどこにそんな強い心がと、不思議に想う。
 けれど、それゆえ愛しく思う。
 こんなにも。



「愛してる・・・」

「俺も・・・アッシュ・・・だから・・・離れるなんて言わないで・・・」

「ああ・・・」



 いっそのこと、全てを捨ててルークを連れ去ってしまえたらどれだけ幸せだろう。
 世界のことも全て置き去りにして。

 けれど、結局それは互いに許されないこと。

 終わりに向けて、2人は歩き出さなければならない。
 アッシュは、ただその考えを今だけ意識の奥へ葬り去りただひたすらルークを抱きしめていた。



 まるで、終わりの無い暗闇の中の唯一の頼りであるかのように。




END




アトガキ。
この2人を幸せにしたいのに・・・気分が↓なのか暗いアイデアしか浮かびません・・・。



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