『繋いだ手が離れても』
第六話
何か暖かいものに包まれている気がした。それはすごく暖かくて、ふわふわしてて・・・優しかった。
−−−俺、死んじゃったのかなぁ・・・
ふと、脳裏に最後にバルフレアが手を伸ばした顔が思い浮かんだ。
必死で、焦って、悲しんで、恐れてた。
−−−俺、そんな顔させるためにがんばったんじゃないのになぁ・・・
急に切なくなった。
胸にこみ上げてきたのは、バルフレアへの想い。
−−−もう会えないのかな・・・?
最後にもう一度優しく抱きしめてもらっておけばよかった。
もっと好きだって、そばに居てって、一緒に連れて行っってて・・・
素直に言っておけばよかった。
例え、「面倒だ」って言われても・・・。
急に瞼の裏が燃えるように熱くなって・・・涙が溢れるのがわかった。
俺って女々しいなぁ・・・。
すると何か暖かいものが、俺の涙を拭ってくれていた。それはすごく優しい仕草で・・・
ざあぁぁぁ・・・
ざざぁぁあ・・・
気が付くと静かな波の音が耳に届いていることに気が付いた。
俺はふと瞼を開く。
そこは海岸で、夜明けすぐの優しい朝日が照らしていた。
体中を優しく撫でるように、行ったり来たりする波が通り抜けていくのが分かった。
でも、水は冷たいのに身体が温かいのは・・・
「おまえは・・・」
それは、さっき島を落としたリヴァイアサンだった。俺はこいつに優しく包まれていた。
今はその瞳に、怒りや憎しみの色はなくて優しい色で俺をみつめている。
「ありがとな・・・」
俺は感謝を伝えるように、優しくその身体を撫でた。
「?」
どこからか、声が聞こえた。
あの声は・・・
「・・・ヴァン!」
らしくない、必死な声。
それは、最後に聞いた彼の声に良く似ていて・・・・
「ヴァン!!」
遠くから人影が見えた。
「・・・バルフレア・・・!」
俺は驚いて立ち上がって、駆け出そうとした。
けれど、いくらリヴァイアサンに守られてたとは言え、空から落ちた衝撃と戦闘の傷で全身に激痛が走った。
「・・いたっ・・・」
バルフレアへ駆け寄ろうと想うのに、思うように身体が動かなくて、俺は砂の上に崩れ落ちてしまった。
すぐさま砂の沈んだ体が、バルフレアによって抱き上げられた。
「ヴァン!」
「バル・・・く、くるしいよ・・・」
あまりにきつくぎゅっと抱きしめられて、俺はびっくりした。
全身に走る痛みに震え上がりそうだったけど、バルフレアがそんな風にしてくれることなんてめったにないからちょっと嬉しくなった。
「・・・あはは」
「あははだぁ・・・?あははじゃないぞ!・・・ったく、どれだけ心配したと思ってんだっ」
急にバルフレアはものスゴイ形相で俺をにらみ付けて、怒鳴った。
でも・・・びっくりしたけど・・・なんでかなぁ
俺は、心の奥の凍氷がゆっくり解けていくように暖かい気持ちになった。
そっと震える指をバルフレアの頬に添えて言った。
「バル・・・俺、バルが好きなんだ・・・」
「ヴァン」
「俺、アンタの役に立ちたい・・・けど・・・まだ全然だめだし・・・未熟だし・・・邪魔でもいい・・・傍に居たいんだ・・・」
もう死んじゃったと思ったから。
2度と会えないかもしれないと思ったから。
もう言えないと思った言葉を全て伝えたかった。
「俺は、ガキで・・・言ってもらわないと分からないし、不安だし・・・馬鹿だから・・・でも・・・」
「ヴァン、もういい・・・」
「でも、2度と会えなくなる前に・・んっ・・・」
全て言い終わる前に、その言葉はバルフレアの唇に吸い込まれていった。
「言われなくたって、お前を離す気はねえよ」
「バル・・・」
俺は、バルフレアの胸にもう一度顔をうずめた。ここが俺の居る場所だって・・・思ったから。
優しい腕が下りてきて、バルフレアも俺をぎゅっと抱きしめた。そして、優しく俺の髪を撫でる。
「あ・・・あれ」
「なに?」
バルフレアの指す方向を見ると、海の向こうへ消えていくリヴァイアサンの姿が見えた。
「ありがと・・・な・・」
あいつのお陰で。俺は死なないでこうやってバルフレアと会うことができたから。
俺は小さくなる背中に向かって小さく呟いた。
リヴァイアサンを見送る俺の肩を、バルフレアは引き寄せて抱いていてくれた。
「ヴァーーン!」
遠くから小さい人影とともに、パンネロやトマジの声が聞こえた。振り向くと、皆がこっちに向かって走ってくる。
「パンネロ!トマジ!・・・いたたたたた・・・」
俺は再び立ち上がりかけて、全身の痛みにバルフレアの腕の中に沈んだ。
「おいおい、さっき痛いって倒れたばかりだろーが」
「だってぇ」
「ったく、しょーがねーな」
すっかりいつもの調子を取り戻したヴァンが、子犬のような目で俺を見上げる。
俺は、仕方ないとヴァンに肩を貸して立ち上がらせてやった。
そんな目で強請られたら・・・なぁ?
絶望に打ちひしがれる俺に、フランが言った。
『ぼうやを信じてあげて。』
それは、多分この時と未来(これから)の俺たちを指して言ってたんだろうって・・・今なら分かる。
あいつはやっぱり最高の相棒だ。
俺は腕の中にいる、愛しい恋人を抱き上げて深いキスを送った。
パンネロの悲鳴とトマジの絶叫という、祝福のメロディを心地よく耳にしながら・・・。
END
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